よそみ余所見

余所見は、見たり聴いたりした事と、それについて考えた事などを書くウェブサイトと紙の雑誌です。

第1号(249版)
2017年10月19日 16時40分33秒 発行

連載記事 

掲載日:2011-09-27 13:51:42

【連載記事】第五福竜丸展示館にいった(蛇谷りえ)

第五福竜丸展示館にいった 蛇谷りえ

東京にいったときに、ずっと前から第五福竜丸展示館のハンカチが素敵だよ。と話を聞いていて、その教えてもらった友人と東京で会ったときに、ハンカチをちょうど持っていて、ほんとにかわいかった。次の日、美術館をみるのも、誰かに会うのもなんだか違う気持ちだったので、朝からモーニングして散歩しながら、あ、そうだ第五福竜丸展示館にいこう!と思い立ち、3人でいった。

新木場駅に降りて、東京でも千葉より(いや、千葉県なのかな?)にある埋め立て地「夢の島」があって、ゴミ処理場があって、植物園もあって、プールや体育ホール?みたいなのもある。だだっぴろい場所。でも、なぜか緑地公園みたいにみどりがいっぱいで、埋め立て地であることを一瞬忘れる。

その夢の島の、はしっこに他の施設とくらべても大きいとは言えない赤い三角の建物が第五福竜丸展示館だった。「入場無料」と遠くから見てわかり、9月のまだ暑い中、涼しさを求めて早足に入る。

中に入ると、むあっとカビかな、木材かな匂いがあって、入ってすぐに、福竜丸がどーんとまるごと展示されている。福竜丸は1954年3月1日にアメリカの水爆実験の最中に、近くでマグロ漁業をしていた船で、宣告されていた危険エリアからずいぶん離れていたにも関わらず、大量の放射性降下物を浴びた。その船には23人の乗組員がいて、みんな重傷だったけど、中でも船長が一番重傷で、医者や看護士にあらゆる治療を受けたが、同年秋に亡くなる。「放射能症」という死因。水爆が、どんな原料でできているのか、わかれば治療法も考えられたけど、どんな構造であるかはアメリカは一切公開せず、患者がどんな状況なのかをレポートしろ、と言う始末。当時は新聞で船長の名前はもちろん、家族も公開され、全国から励ましの手紙などもあったそうな。その、水爆実験による事件にまつわる、社会的背景、当時の日本、アジアの様子、家庭の様子などがパネル展示でアーカイブされていて、1時間30分ほどで胸がいっぱいになった。

水爆実験は、その船一艘だけの話ではなく、放射能物質のはいったマグロを大量に処分したり、雨に放射能がまざっていると新聞が知られていたり、もちろん野菜も大騒ぎだった。被害は日本だけに留まらず、水爆実験が行われたエリアにあるバニラ島の島民も一斉避難を要され、それでも残ったものは、数年後に身体の異変が出る。人間だけでなく、植物もおかしな成長をしている。そんな写真やインタビュー記事もたくさんある。そんな事件があったにも関わらず、その後も2000回以上の実験が世界中で行われ、いいかげんもう止めようということで水爆実験を禁止することになるけど、今度は地下で実験がたくさん行われている。

日本は原爆も、水爆も巻き込まれているのにも関わらず、「平和利用」を理由に、それでも原子力発電が開設され、原子爆弾は日本ではつくってもない、もってない、もちこんでもないけど、海外での製作に加担していたりする。

今と、おんなじ、いやそれ以上の社会現象が起きていたにも関わらず、またこんなことになっていて、ほんとに呆れて死にたくなるけど。とりあえず、生きなきゃいけない。もう、ほんとに二度と同じことをさせたくないし、この小さい国での出来事を糧に、未来に、もしくは、世界に、学んで前に進めないといけない。まだこの出来事は終わってもいないけど、まだ渦中だけど、「放射能症でまだ死んではいない」その「こと」が起きないと身の危険が気づかない大人が多すぎて、みんなしばいたろかって感じやけど。

言うとくけど、第五福竜丸の事件では、船長だけがその年に死んで、その他の乗組員は40代、50代で癌になって死んでる。長生きしてる人は70代まで生きて、癌で死んでる。長生きっていっても、その時代はもっと長生きやったはずやけど。癌は最近ではあたりまえになってる病気やし、70代まで生きたら十分やと思う感覚かもしれんけど、自分で勝手に煙草とかすって、偏食やったり、働きすぎで自分で選んだ人生で死ぬのはいいねん。でも、それが知らない間に、誰かの都合(しかも有利な)で巻き込まれていることが原因で、自分の生きることを、大事な人の生きることを奪われるのは、ほんまにむかつく!ゆるされへん。

と、感情的になりますが、感情的になったらいいと思ってる。冷静な理屈でくつがえせる力は私たちにはないけど、感情はだれでも表現できると思うし、感情は後にのこらへん。理屈や論理は、考え方をへし折る事ができるかもしれないけど、感情は、傷をつけるぐらいで、相手をまだ尊重できる。相手をつぶすことにはならないから。こどものときにケンカしたけど、すぐ仲直りするのとおんなじ。だからとりあえず、自分と、自分のともだちと、できれば家族と、もしくは半径3mぐらいの人たちには、まっすぐにぶつかって、お互いの価値観を大事にしながら、意見が言いあえる環境を、つくっていこうと思う。

みんな行ったらいいと思う。


余所見