よそみ余所見

余所見は、見たり聴いたりした事と、それについて考えた事などを書くウェブサイトと紙の雑誌です。

第1号(249版)
2017年10月19日 16時40分33秒 発行

連載記事 

掲載日:2011-11-16 21:40:42

【連載記事】国立国際美術館 世界制作の方法を見に行きました。(中島彩)

国立国際美術館 世界制作の方法を見に行きました。 中島彩

国立国際美術館の企画展「世界制作の方法」を見に行きました。

といっても、展覧会の作品の感想からはちょっと離れて、展覧会を見に行く事自体について、ちょっと考えて見ようと思います。
というのは、私は以前はよく美術館に展覧会を見に行っていたのだけど、今年にはいったくらいからかあまり行かなくなって、それには今年の春に大学を卒業し、学生料金で見れなくなったということと、芸術系大学にいれば自然に入ってきた展覧会情報が自発的に獲得しなくちゃならなくなったことが大きな理由です。
今回はたまたまコンビニで雑誌を見ていて展覧会の記事を目にし、しかも近くに行くついでがあったから見に行くのに至りました。
思い返すと、卒業以降で自腹の大人料金で展覧会を見に行ったのは初めて。
チケット売り場で850円のチケットを買って、850円は一日の食費代だなとか、それだけの価値がこの中にあるかなとか失礼なことを考えながら展示場に向かいました。

「世界制作の方法」はいま活躍している日本の作家さんの作品展。
それぞれの作品は干渉しあわないように、可動壁で区切られています。
映像や暗闇でのインスタレーションもあって、そういうのはきっちりと閉じられた部屋になっています。
そうでない部屋は幅1メートルくらいの入り口があいていて、中の色合いが漏れだしていて、どの部屋から見ようかとどの部屋に入ろうかと選ぶのが楽しい。
と、思っていると、監視の人に「こちらからどうぞ」と声をかけられました。
それがなんだか嫌で、「見る順番が決まっているんですか?」と聞くと、そうではないということだったので、やっぱり魅かれた色合いの部屋から見始めました。

そのあと、暗い部屋に入る時に、今度はまた別の監視の人に「足下が暗いので」と懐中電灯で足下を照らしてもらいながら中に入ったのだけど、そんなに暗くはなくて照らしてもらわなくても見えるくらいで、(見える見えないは個人差はあるとおもうけど)、その後もその部屋にいると新しいお客さんが来る度懐中電灯の光も近づいてきて、暗い中に光が効果的な作品だったのでなんだか気になってしまった。

最後の方に見た作品でも、真っ暗な中に光がパッとつくインスタレーションで、その瞬間を心待ちにしていると、「もうすぐ(光が)つきますよ」と案内されたり。

ほっといてくれ、と。
私は私のペースで見てたいんだ、と。
もちろん、親切でやってくれていることなんだろうし、そういうナビゲーションを必要とする人もいることはわかっているけれど、その監視の人たちには給料が支払われていて、私が美術館に入る時に払った入場料の少なくともいくらかはそれに充当しているのかと思うと、なんだか面倒くさい仕組みだなと思わざるを得なかった。

作品を見た。
いい時間を過ごしたと思えた。
だから、それを作った人を応援する気持ちでお金を払う。
路上のパフォーマーへの投げ銭のように。
それでいいと思う。
美術館のエントランスで入場料を支払っても、まわりまわって作家の応援になるのかなと思うけど、なんだかまわりくどい。
その間にはっきり見えない仕組みがあるようで、割り切れんなあ。

というのが、初の「割引なしの大人料金で展覧会を見た」感想でした。


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