よそみ余所見

余所見は、見たり聴いたりした事と、それについて考えた事などを書くウェブサイトと紙の雑誌です。

第1号(249版)
2017年10月19日 16時40分33秒 発行

連載記事 

掲載日:2012-03-24 04:57:37

【連載記事】「三日月ロック」を聴いてたら(永田芳子)

「三日月ロック」を聴いてたら 永田芳子

時間が出来たので久々にスピッツのアルバム「三日月ロック」を聴いていた。
1曲目「夜を駆ける」の歌詞をあらためて読んでいたら気が付いた。ずっとこの曲を、“どこかから逃げ出した犬(か何かの動物)2匹の歌”だと思っていたが、どこにもそれらしき記述が無い。かといって人だと示す描写も無いのだけれど、なんで犬的なものと思ったんだろう。

そういえば、初めてスピッツの曲を聴いたときあんまり物言いが乱暴だったので、それに驚いたんだった。
当時働いていたシルク刷り工場にはラジオがあって、作業中ずっとFMがかかっていた。版を取り替えるときに使い終わった分のインクをふき取る作業は、特にこれといって気を配ることもない。せいぜい版を破らないようにするくらいなので少しはラジオに気をとられていても大丈夫。
そんな時に「ハチミツ」という曲がかかった。スピッツという名前くらいは知っていたので、ふーんこれがそうか、ギターバンドなのかな、随分さらさらした声だなー、なんて考えながらなんとなく聴いていたら、どうも歌詞が気にかかりだした。なんだろうなと思っていたら「珍しい宝石が拾えないなら 二人のかけらで間に合わせてしまえ」という部分で引っかかった。無邪気、とか純粋、とかを表す際に子供っぽさを用いるのは常套手段だけども、これだけ強引ならいっそ幼児なんじゃないか。しかも不完全さが不完全のまま野放しだ。その日、仕事が終わってからレンタル屋でリリースされていた分を全部借りた。それ以来、今でも新しいのが出るたび聴いている。


1枚目辺りははわざわざ変わった言い回しをしようとしたのかな、という部分がある。それよりも普通の言葉使いになってからのほうが、たまに入る不穏な単語や歪さが際立って面白い。
ラブソングが多いのだが、アルバムごとに聴き進めるうち、昔テレビで見たゾウリムシの交接を連想した。うろ覚えだけれどもゾウリムシは何回か単独での分裂を経ると、性別らしきものを持つのが発生するらしい。で、逆の個体とくっついて細胞から1つに混ざってしまい、その後当初の成り立ちとはまったく別の個体2つに別れ、それぞれ新しいゾウリムシとしてやっていくらしい。なんて直截で、てらいが無いんだろうと感心した。どうも歌の端々にこうした、原始的なありようへの志向があるような。
このあたり、大島弓子のマンガと合わせてみてもいいかもしれない。死生のごたまぜ感や、ほんとうにハッピーエンドなのかどうなのか1歩立ち止まる感じもなにか似てる。

どうやら歌詞を取り違えたのはこうした所が原因かと思われ。
ま、このアルバムには「ハネモノ」という不定形上等とでもいうような歌もあることだし、犬みたいなものでいいか。


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