よそみ余所見

余所見は、見たり聴いたりした事と、それについて考えた事などを書くウェブサイトと紙の雑誌です。

第1号(249版)
2017年10月19日 16時40分33秒 発行

連載記事 

掲載日:2012-05-02 19:55:34

【連載記事】「こま」のこと(永田芳子)

「こま」のこと 永田芳子

ここのところ、余所見の山本さんの記事を読んでいると『みんなこま(?)に行くんでしょ』という一節が何度か出てくる。
「こま」は天満のおすし屋さん「春駒」のことで、知人間にもファンが多い。彼らは略してこまと呼んでいる。その「こま」の話。

祖母はもともと中崎町に住んでいて、天満の和菓子屋で働いていた。私が生まれてから今の場所に引っ越したのだけれど勤めは続けていた。小さい頃、ときどきおみやげとして、うまい屋のたこやきや、勤め先のおだんご、別のお菓子屋で売っていたカステラのはしっこなど、天満の何かを買ってきた。春駒のおすしもその中のひとつで、こちらは家で食事の用意がされていることもあり、頻度としては低かった。
家でよく作っていたいわしのおすしと違って、春駒のそれは小振りで可愛らしく思えた。味についてどう思ったのかは正直覚えていない。それより、他のおみやげよりも、なにか特別に良い物のようにして食べていた祖母のほうが印象に残っている。

その祖母が他界してしばらくした頃、「こま」ファンの知人に誘われて初めて店に入った。テレビの天六特集みたいなので見たことはあったが、店内はずっと騒々しく、昼間から出来上がっている客もいて。

「お前はこんな所に住んで、かわいそう」とよく言われた。確かに場末ではあるし、結構な土地柄とは言えないにしても、普通といえば普通の町だ。あんなに賑やかな所にいた人だからそんな風に思うのかな、と子供の頃は考えていたが、長じるにつれてそうでは無いと分かってきた。何かにつけ私を呼びつけては繰り返し、こと細かく話す祖母の天満は、おもに祖父が生きていた時期に限定されていて、実際に連れられて行く天満よりも華やかで、例えるなら「大阪人」辺りにでも載っていそうなものだった。

「こま」へは三度行った。知人と二回、一人で一回。先に書いた和菓子屋とお菓子屋はもうない。買い物の荷物持ちに駆り出された天満市場もずいぶん様子が変わった。うまい屋は一度火事になったし、特に何事も無さそうなのはここぐらい。

葬儀のあと、母に祖母から聞かされた「天満の頃」の話をしてみたら、ずいぶん齟齬があった。会った事もない祖父のこと、写真を見ても古すぎて実感の湧かない親族、当時の母や伯父との暮らし、いろいろと勘違いレベルで済ますにはおかしい点がでてきた。問題は祖母が呆けていなかったこと。

記録もなく、終わったことを相手にするには、娘で孫の私に両者の話の正しさをジャッジする材料が無い。周りの客も知人たちも皆おいしそうに春駒でおすしを食べていた。時間が経って、運よく晩年といえる頃、記憶はどんな要素によってどんな風に歪むのか、私の頭に残るものとどれくらいかけ離れるのか想像があまりつかないけど。


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