よそみ余所見

余所見は、見たり聴いたりした事と、それについて考えた事などを書くウェブサイトと紙の雑誌です。

第1号(249版)
2017年10月19日 16時40分33秒 発行

連載記事 

掲載日:2012-05-17 23:42:07

【連載記事】便利屋さんに会ったこと。(中島彩)

便利屋さんに会ったこと。 中島彩

4月の末に引っ越しをした。正確にいうと、レンタルトランクルームに置いてあった荷物を、すでに入居済みの新居へ運び出しただけで家から家の「引っ越し」ではないのだが、新居にはその時はまだとりあえずの着替えや荷物しか持っていっていなかったので、収納していた家財・私財を運び出したという点からすると、それはやはり「引っ越し」だった。

引っ越しというのは、家を変えるだけでなくて、通勤ルートや行きつけのスーパーや銭湯を開拓し、ご近所さんとの関係を築き始めることであり、これまで部屋内の景色として馴染んでいた物をいちど引きはがして分類し、箱につめ、見知らぬ部屋に連れて来ては再び景色づくっていけるよう配置していくことである。そこには、新しいものを築いていく「わくわく」と、すでに出来上がっていたものを崩さねばならない「だるだる」とが含まれる、一大イベントなのだ。

その「わくだる」をひとりで受けてたとうと思える程の根性を持ちえない私は、かといって周りの友人たちに頼むこともできず(なんと言ってもこれは私の独り立ちへの第一歩で、のっけから甘えてなるものかと意地を張っていた。この引っ越しの前に占い師のところへ赴き、「独り立ち」を諭されたことも影響しているのだが、この初めての占い師体験については別の機会があれば書いてみたいと思う。)、自分が働いた分の給料から人を雇って手伝ってもらう、ということで折り合いをつけようとしていた。

それで、まずインターネットにて引っ越し屋を何件か検索、見積もりをだしてもらうも、マニュアル的な電話対応や、まだ完全に荷造りできずにもやもやとした粘土の塊のようであった荷物を「どのサイズの段ボール何個分か」はっきりとさせなければならないこと、またその個数によって値段が変わっていくこと、昼間は仕事なので夜間に引っ越したいとなるとオプション料金、運び出すところの建物は2階で、引っ越し先は3階でとなるとまたオプション料金、オプションに次ぐオプションで、いったいほんとはいくらになるのか、恐ろしくなって決定できない。「だいたいの一人暮らしの20代の女性の荷物量とそんなに変わらないと思う。家具・家電はほぼないけど、本がつまった段ボールが沢山ある。」、そんなアバウトな説明で、値段はこれだけといったらほんとにそれだけで、はいはいと来てくれる人はいないものか。

それなら何でもオッケーな便利屋さんはどうかと「大阪 便利屋」で検索を開始。検索エンジンが表示するいくつかの便利屋のホームページを見てみて、「格安1万円のミニ引っ越し」それ以外に「但し〜の場合は別途見積もり」の表示なしの、気になったところに電話をかけてみたら、中年の男性らしき声につながった。標準語でも関西弁でもない訛のある話口調で、「はいはいー。引っ越しねー。××日なら空いてるよー。夜?夜でも大丈夫よー。」と、友達とちょっと食事に出掛ける約束でもするような軽いノリで、と言ってもチャラさや危うさとは違う妙に安心を感じさせる対応で、こちらも知己の友人と再会するような感覚でその人に引っ越しを依頼することにした。

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引っ越し当日、まず夕方にその便利屋さんから電話があって、「初めて行くところだから念を入れて早めに出発したら、約束の時間より早く来すぎてしまって、近くの散髪屋さんで髪を切ってもらってるんだけど、ちょっと遅くなりそうで…」という内容で、こちらもなんだかんだと荷造りに時間がかかったりしていたところで、快諾する。

といっても、さほど待たされることもなく、便利屋さんが到着。
軽トラックから降りて来たのは、刈りたてですっきりした短髪に愛嬌のある目元、ポロシャツにチノパンの50歳くらいの男性。人のいい親戚のおっちゃんとして以前から知っていたかのような親しみやすい風貌だ。遅れて来た詫びをいれつつ、早速仕事に取りかかる。荷物をざっと見通して、これから運んでいこうかと大きめの衣装ケースから荷台へ載せていく。ケースの後は大きめの段ボール、それから小さめの箱もの、間に布団やクッションの包みなど不定形のものを挟んで、全体を毛布で多い、ロープでしっかりと固定する。
その間、私も荷物をトランクルームから運び出す作業を行なう。過去に大手の引っ越し屋に依頼したときは「お客さんはじっとしていてください」的な、気遣いとも邪魔者扱いともとれるムードがあって、今回も任せっきりでも良かったのかも知れないが、特に邪魔者されることもなく、むしろ「こういう風に積んだら荷崩れしないんですよー」とか「ロープはね、こうやって結ぶとはずれない」とかいったことを教えてもらった。

荷物を載せ終わり、移動にうつるまえに、「ちょっと休憩しましょか」と立ち話をする。今日昼間の引っ越し先でこういうものもらってきたんですよ、とタイガースの優勝記念のパネルや、額装された虎の絵を見せてもらう。
「宝塚の方のお宅でね、引っ越すのに処分するからって。お客さん、タイガース好き?」
とか、
「漫画読むのが好きで、待ってる間に車の中でよく読むの。あ、これ読み終わってんけど、いる?」(と、漫画をくれる)
とか。

移動の車中では、便利屋ならではのおもしろかった出来事や、大阪で便利屋をする前の身の上話なんかを話してくれた。(この話もおもしろかったのだけど、ここまできて、「秘密の仕事も承ります」の便利屋さんの話なので、書いてはいけないような気がしてきました。フォローするわけではありませんが、義理堅そうな人なので、私に話してくれたことは話せる範囲のことで秘密厳守の訳あり仕事は、ほんとに厳守してくれそうです。)

引っ越し先に到着後、荷積み同様いっしょに荷下ろしを行なう。車中でのおしゃべりで和んだのか、こころなしかチームワークがうまれてきたかのようにスムーズに。

全部の作業が終わって、再び立ち話。
どういう経緯で便利屋の仕事を始めたか。
?今の仕事をどう思っているか。
年中無休24時間で依頼を受け、主にひとりで、働いているという。けれど、仕事が辛いと思ったことはなくて、楽しいと。できるかぎり続けたいと思っているそうだ。

かたや聞いている私は、就いている仕事は好きではなく、仕事が楽しいものだという感覚も今まであったかどうかさえあやふやになってきていて、(たぶん仕事が楽しかった時期もあったはず)、できれば仕事をやめたいと思っていたところで、(ちょうどこの前日に上司に退職の相談をしたところだった)、なんだか本当に楽しそうに仕事の話をする彼に、爽快に打ちのめされた。

引っ越しをする、というのは先にも書いた通り、自分の周りの環境が変わる一大イベントである。変わりたいから引っ越しをするのか、引っ越しをするから変わるのかは、卵か先か鶏が先かの話で、ともかく、それは人生の節目なのだ。
その、節目節目を見て来た便利屋さんはかくも痛快で、その人に引っ越しを手伝ってもらったことで、私はこれから荷解きしなければならない段ボールの山を前に、しかしさほどのだるさは感じずに、まあ明日からでいいかと、少し遅い夕飯を兼ねて「近所の行きつけの居酒屋」開拓にでかけた。

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もし、この話をここまま読んでくれたあなたが環境を変えたくて引越を決意した時、気がつけば借金に追われて夜逃げしなくてはならなくなった時、様々な理由で住み続けられなくなった時、余所見の読者って自分で引っ越ししてしまえる人の方が多そうなイメージがあるけれど、すべて自分や友人知人の間でやってしまわずに、それまでまったくつながりのなかった人に手伝ってもらってみてはどうだろうか?
もしその最中に、知らない人間同士の気楽さで人生を語ったり、聞かせてもらったりすることができれば、節目にふさわしい一日を送ることができるかもしれない。


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