よそみ余所見

余所見は、見たり聴いたりした事と、それについて考えた事などを書くウェブサイトと紙の雑誌です。

第1号(249版)
2017年10月19日 16時40分33秒 発行

連載記事 

掲載日:2012-06-02 21:14:44

【連載記事】彼女たちと私のこれからの話(中島彩)

彼女たちと私のこれからの話 中島彩

それまでこういうものだとしか見えなかったものが、ある時にまったく違ったものに見えてくることがある。毎日通っているはずの通勤路沿いに小さな食堂や猫の抜け道を発見した時みたいに。
そういう瞬間は、身近であればある程おもしろい。


5月の大型連休の間、愛知県のとある小さな島の観光ホテルで仲居のアルバイトをした。観光地として名が知れたところではなく、私もアルバイトをすることになって初めて知った土地で、島の美しい砂浜の海水浴場を売りに夏がメインの稼ぎ時である。あとは年間を通じて釣り客が途切れない程度に来るくらいで、島民たちのほとんどは漁業で生計を立てている。なので、宿泊施設も漁業と兼業しての民宿が多く、ホテルと名がつくものは私がお世話になったところを含めて5〜6件しか見かけなかった。

そんなところだから、テレビドラマに描かれるような、支配人がいて、フロントマンがいて、仲居さんがいて、客室清掃係がいて、厨房にもそれぞれ役割の異なる何人ものコックがいて、というような多くの人間があちこちの場所で同時多発的にドラマを生んでいるホテル、ではない。

支配人である女将さん自ら客室清掃もこなすし、送迎のマイクロバスの運転手がアサリの炭火焼き係でもあったりする。必要最少限の従業員でホテル全体の仕事を手分けしているようなところだ。
仲居さんもオフシーズンには一人で十分事足りるのだけど、大型連休と夏休みの繁忙期にはさすがに人手不足で、私のような短期バイトが雇われたり、あとは島民の主婦たちがその期間だけ手伝いに来る。

なので、もしあなたが、着物を着こなし髪を結い荷物を両手に抱えてすたすた歩く仲居さんを予想してこのホテルに行ったなら、実際に迎えてくれるのが、数十年変わっていないだろうレトロなデザインのエメラルドグリーン色をしたエプロンドレスに、くるくるパーマ(島には一件しか美容院がないので、島の主婦は皆同じパーマになるのだそうな。)、慣れぬうちは聞き取れない島独自の発展を遂げた愛知弁を話す年配の女性が、「えっこらしょっ」と荷物を持ち上げてポテポテと歩く姿に目を見張ることだろう。

といっても、少人数には少人数の人間模様が描かれる。働き始めて2日程で、ようやく彼女たち先輩の仲居さんたちの顔と名前を見分けられるようになってきた。
小柄でつやつやとしたほっぺたが愛らしい丸顔のアサエさん。
はっきりした物言いで目鼻立ちの通ったトモミさん。
痩せて力はなさそうだけれど、物覚えが良くて若い頃はさぞ頭が切れたんだろうと思わせるシゲコさん。
のんびりした雰囲気に島民パーマと島方言がいちばん強いハツエさん。
アサエさんとトモミさんは見たところ五十代前半、シゲコさんとハツエさんは六十代後半か、七十に入ってるかもしれない。
仕事内容は、料理の給仕、宴会場の清掃、客室清掃とルームメイクが主で、「あれ、箸が足らん」「あんた、あそこに置いてあった醤油知らんかね」「菊の間のお客さんもう着いたわー。はよ行かにゃ」「オレの(担当の)部屋、どこやったけーなー」とかなんとか言いながら賑やかに駆け回りながらこなしていく。普段は小さな島の住人同士の間柄、待機時間には孫の話や島に週一度行商に来る八百屋の話なんかをおしゃべりし、仕事中も気兼ねなく言いあいながら働いている。(「あれ」や「それ」やと指示語の多さと、島の方言とですべては聞き取れなかったり、理解するのに時間がかかったりもするのだが。)

また2日程経つと、言葉ははっきりと聞き取れ、一日の仕事の流れもわかるようになってくる。そうして余裕がうまれてきたのか、あることに気がついた。
対等のように見える先輩たちの間にも、上下関係や敵対関係のようなものがある。誰かが誰かの陰口を叩いているところを目にすることが増えてきたのだ。
「あのひと、またオレの用意した醤油勝手に使ったよ」とか「あのひと、いつも雑巾使っても洗わん。結局後片付けはオレばっかりや」とか「あのひと、今日も(担当の部屋が)少ないね。楽ばっかしてね」とか。

けれど、私にはその陰口となる原因が仕方のないことにしか見えなくて、なぜそんなに怒っているのか理解できなかった。
というのも、割り当てられる部屋が少ない先輩は腰が曲がっていて力仕事は大変そうだし、「都合のいいことしか聞いていない」と言われる先輩は耳がよく聞こえてなさそうに何度も聞き返してきたし、「掃除が雑で手抜き」な先輩は瞳が白く濁り白内障に見受けられた。

そう、私には「おばあちゃんだから、そういうもんだろう」とできなくても仕方なく思えることに、彼女たちは腹を立てている。

なぜか。

ああそうか、彼女たちにとっては「おばあちゃん」ではないんだ。
という答えにいきついた時に、ハッとした。
ひとはある瞬間に急に「おばあちゃん」になるのではない。
私は最初から「おばあちゃん」として「座席を優先される人」「携帯のメールが打てない人」「ATMが苦手な人」と見ているけれど、若い頃から継続して親交のある者同士では、なだらかな歳月のもたらす変化に区切りを付けることは難しいだろう。
去年はできていたことが今年はできていない。それもすべてができていないのではなくて、「筋肉」からの人も「記憶力」からの人も「目・耳」からの人もいる。
老いの段階はそれぞれに異なる。
どこかしらかが老いていて、その程度が強かろうと、まだ仲居の仕事の声がかかるうちは「現役」であり、「同僚」である。「同僚」であるのは私も一緒で、私も「おばあちゃん」ではないとどうして言い切れようか。

当たり前のことかも知れないが、今まで実感としてわからなかった。
自分がどんな「おばあちゃん」になるかを想像してみたことはあるけれど、それはすっかり「おばあちゃん」になった姿だ。現在の自分の延長線上にあり、どういう課程を通って「おばあちゃん」になっていくのかは考えていなかった。
初めて優先座席を譲られるのはいつだろう。
以降しばらくは譲られたり譲られなかったりすることが続くんだろう。
同世代の友達といたのなら、どちらが座るべきか「あんたの方がおばあちゃんよ」と譲り合う(もしくは「おばあちゃん」というレッテルを押し付けあう)のだろうか。
自分はおばあちゃんになったと自覚するのは、かなりの確率で譲られるようになってからか、それとも電車やバスに乗ることさえできなくなったときにようやく認められるんだろうか。
それとも一生自覚しないまま過ごせるだろうか。

そういう、現在から「おばあちゃん」になりきるまでの間の部分の想像が、その狭間にいる彼女たちと同僚になることでさまざまに浮かんできたのである。


しかし、それらは老いへの不安とか恐怖とか、そういったマイナスのものではなかったということを最後に付け加えておく。
島のホテルの仲居の先輩たちがそれぞれにどこか老いを抱えていようと「現役」として働いている姿は、なんだかよかった。お茶を汲みにお勝手に下がったはずが「あれ、何しにいったんやっけ」と照れ笑いしながら戻って来る仲居さんに、お客さんが笑顔で再度お茶を依頼する光景はとても好ましい。力づくではなくて、長年の仕事を経て得たタイミングやコツで布団を上げ下ろしする姿は格好いい。
こんな風に歳をとるにはこれから先どういう風に過ごしてけばいいのだろう、と今までより長いスパンで生き方を考えてみることも増えた。
本人たちには酷かもしれないが、彼女たちにはこの先もできるだけ長く働いていて欲しい。そうして、「同僚」としてその働きぶりを様々な年代の人に見せてもらえたらと思う。


余所見