よそみ余所見

余所見は、見たり聴いたりした事と、それについて考えた事などを書くウェブサイトと紙の雑誌です。

第1号(249版)
2017年10月19日 16時40分33秒 発行

連載記事 

掲載日:2012-07-24 03:20:31

【連載記事】くじら(Qujila)の事など(永田芳子)

くじら(Qujila)の事など 永田芳子

なにかしら再発売というと「オヤジホイホイ」「懐かし商売」といった物言いが付いたりする。旧版のほうが出来がいい、という意見もある。それでも見つけづらい状態よりはずっとまし。それに、プレミアが付きすぎと思えるときは、ややこしい気持ちになる。
使える額が今よりもさらに少なかった中・高時代に入手できなかった色々が多い身としては、再発物に結構お世話になっている。

少し前、余所見の共同作業中に私のipodを鳴らしていたら、何人くらいだったか、『この曲誰の?』と反応があった。
その時かかっていたのはくじらの「火の玉」という曲。リリースは1990年。この時期の音源は、誰の物にしろ音色(というか、加工?)に変なクセがあるような気がしているので、発売当時から継続して聴いている自分はともかく、その曲を知らない人の耳をひいた、という所が少し意外でもあり、でしょう!という気分でもあった。
このバンド、ちょい前の言い回しでいうなら「うたもの」という呼び方になるんだろうか。現在もボーカル・杉林恭雄のユニットとして活動しているが、アマゾンを見た感じほとんどが廃盤になっているようで、itunesでも販売されていない。

初めて聞いたのは中学生の頃。眠れずに深夜テレビをつけたら、たまたま演奏していた。曲目はたしか「DRAGON」「たまご」「NUDE」「ピアノ」。やけに艶っぽくキリキリした音楽に思えて、集中して聴きたいやら、親が起きてきたらどうしようとハラハラするやらで大変だった覚えがある。
さかのぼって調べると結成は1982年。なにせ歴史が長いので、アレンジの傾向もアルバムごとに変わる。一貫しているのは、映画ではなくスチルに似ているところ。楽曲が素朴で大らかな感じのと、緊張感のある、内側へ潜りこむ感じのに大別できるところ。
もちろん聞く人によって感想は違うのだろうが、雑誌なり何なりに取りあげられる際、前者がクローズアップされている事が多くて違和感を持っていた。初めの印象が強すぎるせいか、私は後者の曲のほうが少しだけ余計に好きだ。おもいっきり寒いか暑いかの極端な季節だとより雰囲気が増すようで、ちょうど今頃はいつも出ずっぱりとなる。

高校に上がってからは、CDよりもライブのチケットを優先していたので買い逃しが何枚かある。
ここ近年、くじら周辺の(と受け取っても良さそうな)音源が再発されている。たとえば、くじら結成前の杉林のソロや、ドラムの楠均が参加していたプレッシャーが収録されたオムニバス「Electoro,Dub&Breaks」。この二人が参加していたバナナリアンズ「BONER」。くじらのごく初期に在籍していた佐藤幸雄のすきすきスウィッチ。ちなみにベース/ギターのキオトが参加していたというピヴィレヌはまだ無い様子。にしても。
もうそろそろなんか出てもいいんじゃないかと思っている。



※その後、2013年に「ふたりのラジオを鳴らそうよ」を発売。続いて初期のアルバムが3枚再発、くじら結成前の杉林のソロ作がCD化され(「The Mask Of The Imperial Family」アブストラクト感のある電子音楽で、人に歴史ありと思わされる)、さらにピヴィレヌ「ピヴィレヌone」も今年再発された。にぎやかなことだ。(2015年追記)


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