よそみ余所見

余所見は、見たり聴いたりした事と、それについて考えた事などを書くウェブサイトと紙の雑誌です。

第1号(249版)
2017年10月19日 16時40分33秒 発行

連載記事 

掲載日:2012-10-29 21:51:59

【連載記事】「桐島、部活やめるってよ」を見た。(蛇谷りえ)

「桐島、部活やめるってよ」を見た。 蛇谷りえ

友人の結婚式に出席するために大阪へ行った。結婚式は友人らしい手作りなものや友人らしい筋の通った工夫があってとてもよかった。みんなが楽しめることを意識したエンタメな派手やかさはないけれど、それよりも大切な内なる思いが外ににじみ出ていて、出席した私はそれを鑑賞したようだった。
式が終わって、まだ日も落ちてないしあまりにも心地よい気持ちになったので、映画でも見ようということで、鳥取では米子まで行かないとみれない「桐島、部活やめるってよ」を観に行った。

8月に上映開始したのもあって大阪でも、今は塚口駅近くの映画館でしかしてなくて、わくわくしながら行った。

(ネタバレになるかもしれないので、見にいく予定の人は気をつけてください。)

舞台は現代の高校生の教室で、たった5日間ほどしか時間としては描かれていない。ある金曜日に「桐島」という人物がバレー部をやめる、という噂話から始まる。その桐島になんらか関わりのある周辺の人たち(桐島に関わりのない人も)にとってショウゲキが走った「金曜日」の出来事を、映画の中で何度も物語が繰り返されるが、桐島本人ではなくて、その周辺の人たちそれぞれの視点でその「金曜日」が描かれる。桐島が部活をやめることで、そんなの聞いてない!と激怒する彼女。その彼女の親友。他のクラスの友人。同じ部活の仲間。部活することをやめた桐島の友人。桐島の友人である帰宅部。桐島の友人に恋する吹奏楽部部長。桐島と同じクラスで映画のタイトルでさえバカにされる映画部部長。映画部副部長。などなど。桐島が部活をやめただけで、まるで自分ごとのように金曜日から日常が少しずつ狂っていくその様子と、それぞれが交差するヤキモキ感とやるせなさが、映画全体を組み立てていき、爽快なほどに畳み掛けていく。

見ている最中、私は自分の過去の記憶と重ねながら、こういうやつ居たなあ。と笑い、神木隆之介が演じる映画部独特のもちゃもちゃさにいたっては、愛おしささえ感じる。当時の私だったら、どのキャラクターにあてはまるだろうかと、それぞれの視点に感情移入してみるが、どれも「なんとなくわかる」というところで移入することは終わった。私は、ああいう世界にいることが耐えられなくて、目を伏せてどこか浮遊したところに居た気がする。そこには関与せず、ただ突っ立ってそれらをみていたような。関与していたかもしれないけれど、見てみぬふりをしていたのかもしれない。

みんながそれぞれに不幸を抱えていて、幸せであったりする小さな世界に、やるせなさを感じ、そのことを今になっても見せつけられることが辛かったりもするけれど、後半にある希望の光が差したことに関して、私はどこか作者のささやかな優しさを感じたが、それさえも妄想世界であることに、シビアすぎると、私の感情は大笑いとなって溢れ出した。笑いと涙がいっしょになってでてきそうになった。

結局のところ、なんでもやれる人はやれる。かっこいい人はモテる。かわいい女の子はそれだけで生きていける。お金がある人にお金は集まる。幸せな家庭を知ってる人が幸せな家庭を築ける。単純すぎて、乱暴かもしれないけれど、そうやって世界は回っている。でも、作者が見せた希望的妄想世界は、それでも生きていくための、残酷ながらの、唯一の救いな気がした。

桐島はきっとそんな周囲のことは気にしてないし、そんなことよりも自分のことで精一杯だということも、あたりまえだし、それも本当だと思った。
レビューをみると、「桐島とは何か」ということがかかれているみたいだけど、それよりなによりその周辺が気になったのでした。

まだ見てない人、ぜひ。
http://kirishima-movie.com/index.html


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