毛やヒゲ 永田芳子 行きがかりじょう、というやつで、ホステスの仮装をしたことがあった。どぎつい厚化粧に肩もあらわな真紅のドレス、源氏名は「アケミ」。普段の服装とかけ離れすぎていて、似合う・似合わない以前にわけがわからない。傍目に面白いのかどうかの見当もつかない。色々考えだしたらくじけそうになったので判断を停止し、その場はニッコリしてしのいだ。 この寒い中で時々思い出すのは、そのとき使ったヅラのことだ。なんというか、『ガラスの仮面』の登場人物・月影先生のような、長い黒髪のをかぶったのだが、あれはなかなか新鮮だった。 私は人生の大半をショートカットで過ごしているので、髪の毛が背中を覆う感触や、風にあおられて頬にかかる感じというのに、もはやなじみが無い。かぶっている間、案外重たいんだな、でも首がぬくくて冬場なら悪くないかも。たまにはワサワサさせてみるもんだな、うざったいけど。などと思っていた。 頭部の毛、といえばこんなこともあった。女友達と長電話をしていたときだ。「もしさー、一週間だけ男の人になったらどうする?」と聞かれた。どうしよう。カラオケへ行こうかな。その前に、出かけるにしても手持ちの服が入らないかも知れない。肩とかキチキチになるのでは。通販か。いや、そもそも背が伸びたりするのだろうか。どこから手をつけりゃいいんだと悩んでいたら、相手がこう言った。 「あたし、ヒゲたくわえようと思うねん」。 これには虚を突かれた。なるほど、それなら元手もかからないし、個人差を考慮しても一週間あればそれなりだろう。家に閉じこもっていても裸族でもOK。いいところに目を付けた。 電話の後、黒い画用紙が余っていたので、ヒゲの形をいくつか作って顔に貼ってみた。別段欲しくはないが「ヒゲ女」自体は、クレメンチーヌ・デュレほか、事例があるので他人事とは言い切れない。が、やっぱり変。見慣れないからか。紙だからか。 実際どんなもんだろうと思って、ヒゲをたっぷり伸ばしている知人ができる度に、触らせてもらった。いずれも髪の毛よりはるかにごわっごわで面白かった。 さて現在。一応女の人なので、髪を長く伸ばしても、そうあれこれ言われない立場ではあるが、結ったりなんだりするのが面倒で短髪を通している。シェーバーの世話にもなっていない。 頭→男の人寄り・あご→女の人寄りということで、頭部の体感としてはどっちつかずな暮らしとでも呼ぼうか。長髪でヒゲぼうぼうの人、どちらも剃っている人は、日ごろどんな感覚を得ているんだろう。風が吹いたときは。水に濡れたときは。まったく迷宮入りなのだった。