よそみ余所見

余所見は、見たり聴いたりした事と、それについて考えた事などを書くウェブサイトと紙の雑誌です。

第1号(249版)
2017年10月19日 16時40分33秒 発行

連載記事 

掲載日:2013-03-28 18:11:19

【連載記事】おかえりなさい、うた/暗闇/ブラインドサッカー(米子匡司)

おかえりなさい、うた/暗闇/ブラインドサッカー 米子匡司

 長堀通りと松屋町の交差するところから、ちょっと北に入った辺りのepocというイベントスペースにて、生西康典さんの『おかえりなさい、うた』という作品の上演がある、というお知らせをくれた方がいて。
 説明によると、以前に別の場所で公開された照明と音の上映作品の再演、ということだったんだけど、今回の上映では照明はポジティブには働いていなくて。というか、ずっと真っ暗で。
 部屋は完全に外光を閉ざしていて、足下に薄暗くデスクライト程度の照明が並んでいるほかには明かりはなくて、そのライトも本編がはじまると同時に消灯してしまった。

 20席ほどの客席が並んだ空間に、5.1chに設置したスピーカーから物語り的な言葉と歌が流れていて、耳に聴こえるもの以外は何もない状態なので、音の鳴る位置と、その内容と、言葉の意味への意識が高まる。多くのテキストは2人以上の人間のやりとりで、物語性があり、視覚のない中で言葉を追っていると、「海」と言われたら目の前に海が浮かぶような状態になってしまって、言葉を追い続けるのに体力が必要で。後半は言葉はできるだけ意味を捕まえないようにして、音楽を聴いていた。音楽的パートにも、山川冬樹のホーミーだったり、吉田アミのハウリングボイス(久しぶりに聴いて新鮮だった)だったり、声に比重を置いていて。

 目を開けても閉じても変わらないような真っ暗って、僕の生活の中にはなかなか無いものなので、暗闇はいつでも新鮮で、暗闇ということで言うと『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』って催しがあるけれど、入場料が高いみたいなので一度も行ったことはないんだけど、行ってみたいなとはいつも思ってて。
『ダイアログ〜』は、真っ暗闇の中を視覚障害の方にアテンドしてもらって進んでいくと、そこで何かが起こるらしい、ということ以外は何も知らないんだけど、それだけの事で持ち得る興味というのは、暗闇の希少さに根ざしたものだろうので、それはどうも面白いところのある事実なように思います。
 暗闇と視覚障害者というと、以前に室内でのブラインドサッカー(ボールに鈴を仕込んだりして、音を目印に行うサッカー)の練習を見た事があって、ブラインドサッカーは本来屋外で行うものだけど、その時はちょっとした事で室内で練習を行っていて。
 彼らは(さすがに走っている間は無理だそうだけど)歩いている分には自分の足音の反響の変化で、目の前に現れた柱を聞き分けて理解する事ができて。僕も彼らの真似をして歩いてみて、彼らのようにはうまくできなかったんだけど、そういう空間認識ははじめての体験で。
 暗闇の中での、聴覚以外に何もない中での音って、とても空間的な体験で。
『おかえりなさい、うた』の『うた』という言葉はどうも、いつもどこまでも遠くまで包括しようとするので、苦手な部類なので置いておくとして、今回の公演の主体だった暗闇の中での音というのは単純だけど力強くて、短時間で気持ちの切り替わるような体験でした。


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