よそみ余所見

余所見は、見たり聴いたりした事と、それについて考えた事などを書くウェブサイトと紙の雑誌です。

第1号(249版)
2017年10月19日 16時40分33秒 発行

連載記事 

掲載日:2014-08-17 14:57:16

【連載記事】GATTACAを病院でみた(蛇谷りえ)

GATTACAを病院でみた 蛇谷りえ

 怒濤のお盆のピークも終盤に入った頃、出張してたスタッフたちが帰ってきた次の日、休憩するために、一人で車を走らせて温泉とマッサージ屋に立ち寄った。お腹がすいたような違和感をかかえながら、DVDを借りに「GATTACA」と「フラッシュバックメモリーズ」を探し当てるが、レンタルカードを所持していないため、借りることができず諦める。お腹の違和感がまだ残ってるので、うどんでも食べようとしたが、違和感から痛みとなったお腹はどうも受け付けそうにない。トイレにいってみたけど収まらず、たみに帰っても人がいっぱいいるから、車の中でお腹が痛くなくなるのを待ちつつ、原因をスマホで探した。下痢じゃない腹痛は急性っぽくて焦ってきたので、たみへ帰って少し寝ることにしたが、痛くて寝れないし、トイレにいっても何も出ない。このままみんなが眠ってしまったら、頼れる人がいないかも。と察知し、スタッフに緊急病院へ連れていってもらう。病院に到着して書類を書いてしばらくすると名前が呼ばれて、なんだかテンションが高いドクターが、二三質問してきて「もうちょっぽいね!もうちょっぽい!」と大声を出す。どうやら「盲腸」のことらしい。ナースさんが無駄なドクターの大声にイラっとしながら、CTスキャンと血液検査の準備にとりかかり、その状況がおかしいのと、不安なのとで、半笑いで言われたようにする。
 診断の結果、やはり盲腸だったらしく、別の先生からも報告され、即入院、絶食、点滴生活を通達される。とりあえず、病室で一晩寝て、次の日にいろいろ持ってきてもらうことに。真夜中、パソコン、パジャマ、歯ブラシもろもろ伝えて、借りれなかったDVDのことも伝えると借りてきてくれた。入院初日で何が起きるかわからないので、映画を見る気にはなれず、状況を観察した。早朝と夕方、夜に点滴を突然調べにくる。それとはズラした時に突然三回、熱と血圧を計り、その間、同じ質問をしてくる。もちろん寝てるときも、映画を見てるときも構わず突然カーテンを開けて、やさしい声をかけてくる。やさしい声だとしても、カーテンを突然開けられてる時点で全然やさしくない!と心の中で怯え怒りながらも、言われるままにする。ごはんは食べれないけど飴とガムはいいとの許可で、隣からくる食事のにおいを耐えるために、飴やガムを摂取したり、昼寝したりする。夢のなかで食べ物の買い物をする夢をみたり、寝起きにベーグルの味を思い出したりと、食事を奪われる不自由さにげんなりしながら、我慢する。
 二回目の朝がきて、起こされてすぐにまた同じ質問と行為をされ、血液検査が終わると、ドクターがやってきて「よくなってきたので、明日からご飯食べていいよ」と許可がおりる。今日はみそ汁ぐらいならいいとのこと。テンションあがったところで、映画「GATTACA」をみる。(見てない人はネタバレ注意)
 この映画は、生命の遺伝子組み換えが可能となり、夫婦がどんなこどもを生み育てるか遺伝子から選ぶのがあたりまえの社会設定から始まる。主人公は遺伝子組み換えをされずに、神の子として生まれ育ってきたけど、遺伝子組み換えをしてる人に比べると明らかに劣っていることが多く、遺伝子差別があり職業も限られる。でも、主人公には「地球を離れて宇宙へ行きたい」という夢があって、叶えるために別の遺伝子を獲得して、宇宙へ行くGATTACAに所属し生活をする。GATTACAでは、毎日血液検査でチェックされ、尿検査や身体検査でその人を判別し、宇宙へ行く人が決定される。ようやく主人公は、一週間後に土星に行く権利を獲得するんだけど、その日GATTACAでおきた殺人事件によって、唾液や尿、血液の検査がGATTACAに限らず町中で頻繁に行われる。主人公は警察に怪しまれ追いかけられるが、最後まで逃れようとする主人公。
 この映画をみているわたしが管理された病院の病室で、空腹感をがまんしてるせいからか、検査で出てくる欠陥や個人のデータって、ほんとうにその人を映しているかって言われると疑問がある。毎日同じ質問をして、血圧と熱を測って、間違えないように腕にコードを巻き付けて、データを見ればわたしかもしれないけど、ぬいぐるみのような身体がかわったらどこまで人は見抜けないものだろうか。顔ももうすでに「ざわちん」ていう顔を化粧で物まねをするタレントがいるほどだから、ごまかせそう。そしたら、記憶がその人であることを意味づけるのかな。記憶はどんなに覚えていたとしても、記憶を忘れていくわたしにとっては不確かな気もする。信じられるものは、この映画でも表現されているけれど、その瞬間にその人がどんな行動をうつすか、なのかもしれない。うーん、まだ自分の回答にはっきりとした自信はないけど、わたしが人間とやりとりしてて、おもしろいと思うのは、そこに尽きる。その行動がどんな醜くても、どんな背景があるのか可能な限り想像したいし、わたしと違う行動をうつす人に興味が湧くようになった。
 映画「フラッシュバックメモリーズ」でも記憶に関することがドキュメンタリー映画になって表現されてるので、話はそこにもつながるが、もしも、このぬいぐるみのような身体をなしにした場合、最後に人間に残るものは、なんだろうかな。そしてわたしは、何を残したいだろうかな。
 しかし、登場人物が数少ないのにも関わらず、重要な要素はそろっていて、最後の1分まで、誰がどんな行動をうつすか予測できない映画でドキドキさせられる。この映画のメッセージは明快すぎるぐらいだけど、映画ならではの伏線が明快さに陰影をつけていて、よく出来た映画! そんな映画を見終わった私は、管理されてる病棟を抜け出して、許可がおりたインスタントのみそ汁といっしょに、食べたかった「酢昆布」をこっそり買って、主人公みたいな気持ちで平然と病室に戻るのであった。


 
 



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