鶴を下さい! 櫨畑敦子 という人に出会った、という話。 *** その場所は阪神百貨店梅田店の地下街。 少し年配の男性が追い詰められた表情で 通行人に対してひっきりなしに話しかける その姿を見たことがある人もいるかもしれない。 その人の存在は前からなんとなく知っていた。 それは通りがかりに見かけただけであったが 今までに会話したことはなかった。 *** 土曜日の混雑した梅田の地下街。 その日わたしは疲れ果てていた。 一刻も早く家に帰りたいという思いで歩いていた。 しかしながら捕まってしまった。 「ツ…鶴を下さいッ!」 と、あの形相で語り掛けられたら 四の五の言わずに鶴を折らざるを得ない。 「はい、折りますっ」 と、折ることにした。 彼は地下街の一角を少し陣取って 通行人に対して白い小さな紙を配って その紙で鶴を折らせている。 話を聞くところによるとその鶴は ヒロシマ・ナガサキの原爆被害にあった方へ届けるため集めているそうだ。 彼の陣取った居場所には 白い小さな鶴を集めて貼られた色紙のようなものがあった。 「鶴の折り方を知らないのですが」 と、伝えたところ 彼はわたしにレクチャーしてくれるのだが なんとも華麗な語り口で教えてくれる。 あっという間に鶴はできあがり そこに名前と日付を書いておくとのこと。 *** 彼は会報誌のようなものを見せてくれた。 1部300円とか、200円とか書いてある。 無料で差し上げますというのだが もらうのは何だか悪いので買うことにした。 300円ちょうど、がなかったので500円玉を出すと 2冊とプリント類を手渡された。 これは相当インパクトのある冊子であった。 内容も文章も、なかなか前衛的である。 関東のほうに本部?のようなものがあり 全国各地に同じ活動を行う会員がいるらしい。 原爆のことについてあれこれ話してくれる。 しかし聞いたら話す、ぐらいで、すごくうるさい感じではない。 しかし悲壮感は漂っていない、なんだか不思議な感じだ。 彼はこの活動に出会って充実しているそうで そしてこれを機にこの活動に取り組む人もいるらしい。 *** 彼がいつからこの活動を行っているのか聞いてみたところ もうかれこれ30年近いということだった。 今は日中ガードマンをやりながら 火曜から土曜日までここに立っているそうだ。 週5で年がら年中、暑い日も寒い日も。 正直、唖然とした。 新しい働き方、生き方、活動…みたいなことは 巷でいろんな情報を耳にするが そういうものとはかけ離れた場所にいるような でもこれはこれとしてすごいジャンルだなと 圧倒された感じがした。 鶴をひたすら集めることと、この会報誌の販売で どうやって活動資金を集めるのだろうか… 興味本位でとても気になったが、なんとなく聞かなかった。 *** 街中で大きなデモや、スピーチなどを見ることがあるが こういった類の、いわゆる「草の根活動」にはとても心動かされる。 道行く人は道に座り込み話すわたしたちを少し見る。 なにかしらの冷たい視線を確かに感じる。 しかし全く気にならない。 むしろペラペラ話したり なんなら話を聞いてちょっと涙ぐんだりしている 昔からの友人より話せる気さえする。 なんなんだ、これは! ふと時計が気になり 電話の液晶画面を見てみると 終電近くなっていた。 特に連絡先を交換するでもないが また会いましょう、と別れた。 まあ普通に考えたら勧誘っていう行為なんでしょうけどね。 で、うまく会報誌とか買うっていう、ね。 いやしかしええもん見させてもらったな、という。 そんな話。