よそみ余所見

余所見は、見たり聴いたりした事と、それについて考えた事などを書くウェブサイトと紙の雑誌です。

第1号(249版)
2017年10月19日 16時40分33秒 発行

連載記事 

掲載日:2015-05-06 22:28:11

【連載記事】火をまつる(中島彩)

火をまつる 中島彩

町の方々から松明を担いだ人々の群れが、神社へ集まってきた。
松明が通った後は、火の粉が振り落ち、天の川のようだ。
ときどき風にあおられ、松明はごうっと息を吹き返す。
太鼓はずっと鳴り響いている。
雨がぽつぽつと降り出し、傘を持った人はそれを広げはじめた。

傘をどこかに置き忘れてきた。
雨は本格的に降り出し、上着が水を吸って重みを増してくる。
逃れようと、木陰に入った。
松明のまわりにはまだ人が集まっている。
そうだ、レインコート代わりにゴミ袋だと、さきほどドリンクを買った露店に向かい、店のお兄さんに袋をわけてもらえないか尋ねてみる。
いかにもやんちゃで、整えられた眉毛はまるで中国美人の蛾眉のようで、けれど子どもたち相手の話し方がとても優しかったお兄さんは、袋は「小さいのしかないねん」と申し訳なさそうに隣の露天商のおじさんにも聞いてくれたのだけど、結局手に入らなかった。
あきらめて、神殿の軒下に移動した。
すでに雨宿りをしていた人の中に、濡れ鼠で割り込んで申し訳ないと思いつつ、何とか場所を確保する。
神殿では、神事の装束を身につけたおじさんたちが、煙草をくゆらせ、「今年はあかんな」と、雨を嘆いていた。

神社の境内の中央で何かが始まっている。
人混みと傘の隙間から、巨大な松明を10人程の男性陣が神輿担ぎし、振り上げながら練り歩いているのが見えた。
太鼓は変わらず鳴り響いている。
その音に合わせて、松明神輿は何度も上下する。
「いつまでやんねん」と、神殿のおじさんたちは楽しそうに笑う。
巨大な松明は境内を何度も巡回し、神殿前に立てられた。

雨がおさまりかけてきた。
傘を畳もうかと人々がそわそわしだしたとき、打ち上げ花火が始まった。
よく見える場所に移動する。
出資者と花火屋と玉名が読み上げられ、一発ずつ打ち上げられる。
7号玉と10号玉があわせて35発。
先ほどまで傘で覆われていた頭上を、誰もが広々と見上げている。
千輪が咲き、禿が降り注ぐ下に、鎮守の森があり、人々がいる。

玉が終わると仕掛け花火。
まずは洋火(外国から輸入された色彩豊かな花火)。アナウンスがあり、「号砲をお願いします」のかけ声の後、轟音が鳴る。
号砲というにはあまりな爆発音に、ワッと驚きの声、続いて笑いが起こる。
そして、神殿に向かい鳥居のように掲げられた花火が、綱火で点火されごうっと燃え上がる。
火が落ち着くと、カラフルな絵柄が浮かび上がる。
モチーフは海外で活躍中の誰もが知る日本人野球選手。
「応援してね」とメッセージが書かれている。
近江八幡にゆかりがあるのかないのか。なんで彼を選んだのか。
いろいろわからないけど、なんだかやさしい気持ちになる。

次はナイアガラ。
洋火の仕掛け同様に、地上から5メートル程の高さで鳥居のように綱が渡されている。
端から点火され、火が渡り、勢いを増していく。
ふと、先ほどまで会場に張り巡らされていた結界がなくなっているのに気づく。
もしやと思い近づくと、限界がない。
そうか。
「火まつりは、火の粉を浴びて一年の災厄を振り払う神事です。火傷しても知りません」
そんなことが書かれた看板があった。こういうことか。
遠くから眺める人もいれば、滝をくぐりかねない勢いで近づく者もいる。
横に10メートルも満たないナイアガラは、先の雨で火薬が湿ったのか、途中で途切れてしまった。
それでも眼前に降り注ぐ火の粉の滝を、人々はそれぞれに楽しんでいる。

そしていよいよ和火の仕掛け花火。
アナウンスが流れ、沸いている会場にすっと緊張が走ったかと思うと、綱火がシュッと空を切る。
エンターテインメントじゃない、土地の祭りの花火は、ちょっとせっかちだ。
ナイアガラの余韻が残る中、集中力を和火の仕掛けに切り替える。
しかし、着火しない。
例年は綱火が走った後、すぐに火がつくはずだ。
けれど今年は、仕掛けにすんでのところで、シャーッと火花を飛ばしている。
「イケーッ」という威勢よい言葉があちこちから発せられる。
しかし、つかない。火の勢いが弱まり、消える。
「今年はあかんな」「雨でやられたか」という嘆息まじりの声。
「イケーッ」の言葉も相変わらずあちこちで叫ばれている。
次第にそれに、切望のニュアンスが混ざっていく。
「イケーッ」「イケイケーッ」「まだイケルッ」「まだまだっ!!」
一度消えたかと思った種火は、線香花火のように赤くチリチリと燃え、こちらをじらす。
「いったれーッ」「いかんかーッ」

…ふと火が静まり、と思うと綱火は逆方向に噴射した。
湿った火薬にようやく火がついたのだ。
バンッ!バンッ!バンッ!
縦6メートル、横16メートルの板状の仕掛けが一気に火花に包まれる。
シューッ!
と車火が回転する。
シャッ!シャッ!シャッ!
地面からも花火が沸き上がる。
一面が火の色に染まったあと、板に線状に塗られた火薬がバチバチと黄色い火花を上げながら燃え始める。
激しい燃焼があって、しずまり、青白い静かな炎が残る。
ゆっくりと燃焼することで、ようやく絵柄が判然とする。
青白い火薬で描かれた絵柄は「ヤマトタケルノミコト」
今年は何の絵柄にしようかと、きっと悩み抜かれての選択で、ゆかりや理由の説明も聞いた。
けれど、きっと題材はなんでも気にならない。
青い炎に彷彿と眺め入る。

炎の青白色は硫黄が原料だ。
少しして、そのガスがふんだんに混ざった空気に、肺がチリチリと苦しくなる。
ゴホゴホと咳き込むのは私だけでない。
いちど、退散しよう。


新鮮な空気を求め、神殿裏に行った。
そこで嫌な状況に遭遇する。
「足踏んだやろ」といちゃもんつけるブルドッグみたいな中年男性。相手は脅えた老夫婦。
後で考えれば人を呼んでくるのが賢明だったのだろうけど、私は向こう見ずなところがある。
「まあまあ」と間に入ってしまい、一悶着。

ブルドッグ「せっかく花火見に来とんのに、足踏まれて、なんで嫌な思いせなあかんねん」
私「まあまあ、にいさん。ここは運が悪かったと思って」
ブルドッグ「運が悪いてなんやねん。お前なんやねん。ほんであいつら逃げとるし」
私「まあまあまあ、にいさん。そんなもんやで」

まあまあ棒(ドラえもんの道具)になれんかな、せやけどあれ最後に爆発するな。
なんて内心思ってるうちに最後の神事、神殿前に立てられた巨大松明に火が灯される。
「私もくべられたりして」と呆れ半分、ブルドッグ相手に問答が続く。
雨でびっしょりと濡れた体がぶるぶると震えてくる。
その間もパチパチと松明は燃え盛る。

しかし、まあ、なんとか。
ふとしたきっかけに和解の糸口を見つける。
ブルドッグがハチ公の表情に近づいたタイミングで、
「にいさん、私、あれ近くで見たいねんけど、いいかな」
「いいでいいで。見といで」
ようやく開放、どころか笑顔で送り出された。

囲炉裏の効用。焚き火の効用。お盆に火を焚く理由。
火は血を騒がせ、また、気を鎮める。

大きな松明が燃え尽きて、公示されていたプログラムは終了した。
けれど、終わりの雰囲気はない。
氏子たちが小さな松明を持って、境内の外の空き地に向かう。
そこには見たことのない形の松明がいくつかあって、今度はそれに火がともされていく。
「ついでに服乾かそ」
「これも湿気っとるなあ」
「ちゃうちゃう、それは最後や」
地元の祭りはどうやらまだまだ続くらしい。



*近江八幡に篠田神社の祭礼で、国の選択無形民俗文化財にも指定されている「篠田の火まつり(篠田の花火)」を見に行きました。伝統的な製法で作られる火薬を用い、淡い青紫色で杉板に絵を描き出す仕掛け花火は、全国的にも珍しいものです。











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