よそみ余所見

余所見は、見たり聴いたりした事と、それについて考えた事などを書くウェブサイトと紙の雑誌です。

第1号(249版)
2017年10月19日 16時40分33秒 発行

連載記事 

掲載日:2016-06-03 13:27:32

【連載記事】ヨタモノ(中島彩)

ヨタモノ 中島彩

環状線の車内は人がまばらで、窓から差し込むは初夏の日差しが心地よかった。
ふと誰かが口笛を吹いているのに気がついた。
電車のガタンゴトンという音にまざり、何かの機会音かとも思われたが、しかし確かに何かのメロディである。気づくと割に大きな音であったが、誰も気にした様子はなかった。
新今宮の駅に到着する前に、口笛はふと途切れた。降り際に他の乗客の顔を伺ったが、口笛を吹きそうな人は見当たらなかった。

動楽亭に着くと、すでにかなりの客が入っていたが、前から3列目の席がひとつ空いており、ひとりもののこれ幸いとばかりに席を取る。入り口で配られたチラシをそぞろに眺めるうちに、出囃子が始まった。
前座は若手らしいくりくりとした頭に、なんとも丸い顔の桂慶治朗「みかん屋」。前月と同じネタだったが、より多くの客を前にして、勢いよく話しだす。ところが肝心の金勘定を言い違え、若手らしい失敗に客席から暖かい失笑がもれる。
二番手は桂ひろばの「禁酒番屋」。扇子を銚子や一升瓶に見立て、咽喉をならせて酒を呑む仕草がなんとも上手い。
桂南天「遊山船」は納涼の屋形船を眺める橋の上が舞台の、夏の演目。そういえば、噺家たちの着物も涼しげな夏の着物にすっかり変わっている。鳴り物入りの華やかなネタに、話す方もさぞかし楽しかろうなと、「自分もやってみたい」という気持ちが沸き上がる。
桂千朝「植木屋娘」。さすがの滑らかな語り口を堪能し、中入りとなる。

トイレに並んだ行列の脇をすり抜け、外出券をもらって、外に出る。階段を降りると、柵の向こうに警官が数人。なにやら怒鳴っている男性と対峙している。野次馬らしい人だかりもあり、危険な状態ではないと、一服しながら見学する。この地域ではよく見かける光景だ。そういえば以前の動楽亭の寄席で、誰かは忘れたが噺家がマクラで交番のことを「ポリボックス」と呼んでいたことを思い出した。ガラの悪い、と言ってしまえばそうだが、芸人のアウトローな雰囲気がこのあたりにはよく似合っている。

中入りが終わり、桂米紫の「秘伝書」はまさにアウトローな商売、的屋が主役の話だった。
トリのざこばは、預かった師匠の財布から小遣いを掠め取った思い出話に始まり、演目は「天災」で、主人公の与太者(=ならず者。やくざ。なまけもの。役に立たないもの。)を、生まれもっての与太者ざこばが演じるのはなんともおかしい。しかし、与太者を諭す年配者の威厳も、なかなかに演じ分ける。
落ちは客席がどっと沸いたところで、「そろそろえやめときます」。「アドリブしすぎて収集つかんくなった」とつけくわえた。

席を立とうとしたときに、隣の席にいた2人組の50代くらいの女性客から、「よく来られるんですか?おひとりですか?」と声をかけられ、適当に返事をする。平日の昼間に、働き盛りがおんなひとりで少しは目立つことを自覚しなくもない。
帰り際、駅までの道で彼女たちを追い抜いた。これから夜勤の仕事があるのだ。これでもそんなに与太ってないのよ、と声にはださずにつぶやいた。


余所見