よそみ余所見

余所見は、見たり聴いたりした事と、それについて考えた事などを書くウェブサイトと紙の雑誌です。

第1号(249版)
2017年10月19日 16時40分33秒 発行

連載記事 

掲載日:2016-10-06 02:35:37

【連載記事】9月に見たもののメモ3(中島彩)

9月に見たもののメモ3 中島彩

◎9月11日・12日
 「見っけ!このはな」と私はつかず離れず。最初に近寄ったのは2012年で、このときは事務局ど真ん中で全体のサポート。その時に人に触れ過ぎた反動で、翌年は遠巻きに、事務局(イベントは「見っけ!このはな」ではなく、「このはなの日」として行われた)から依頼されたイラスト地図を自宅でこつこつと描いた。
 2014年は少し手伝いながら、当日、エッセイ集を作成して販売する。販売場所は受付の隣りで、なんだかんだで全体のことを手伝った。どうせ巻き込まれるなら、最初からしっかり関わっていた方が把握しやすいと、2015年は再び事務局で、広報や企画を担当する。そしてやっぱり人疲れして、今年2016年は運営に関わらず、単独で写真集をつくってこっそり配布していた。写真集のテーマは「夏祭」。ひと夏、大阪市内各地で行われる夏祭を見に行って、目にした光景。いろんな町と人の姿。そして感じたことを文章で綴った。此花区内の祭も見たけれど、それについては触れなかった。

 「見っけ!このはな」も、祭なんだと私は思っている。祭には神事と神賑行事とがあって、神事は神へと意識がまっすぐに向けられているもの。神賑行事では、人の意識は人同士に向けられていて、その土地で賑やかに楽しむことで、間接的に神を喜ばせる。エスカレートすると、神の存在は希薄になり、その土地でのコミュニティの組織の形成や、活性化といった潜在的機能がむしろ重要になってくる。その延長線上にあるのが、現在まちなかイベントといわれるものだと考えている。

 私は去年のイベントの時に、自分がコミュニティの一員じゃないように思った。というのも、ミーティングなんかの集まりの際に、一度も笑った覚えがないからだ。そして笑いのツボが近いかどうかは、祭を行うコミュニティにとってすごく重要なポイントなんじゃないかと思っている。(夏祭の場で、人の笑った顔を見るのが好きだ。集う人々の笑顔を見ていると、ここでは悪いことは何も起こらないんじゃないかと思う)
 そんなわけで、今年は脱コミュで、「見っけ!このはな」を見ていた。

 そんな目で見ると、「見っけ!このはな」は面白かった。なんだ、笑えるじゃないか。歩いてまわれる小さなエリアに点在したスペースはどれも個性的。その中に入った途端に、すうっと異空間にトリップできる。まるでいろんな本が並んだ、本棚のようである。著者もジャンルもバラバラで、読み古した文庫本もあれば、新品のペーパーバックもあり、手作りのアルバムもあるような。本棚の前をうろつくように、地図を片手に町をさまよう。そしてそのことを許容できる町というのは、本棚のたとえで続けるなら、几帳面な司書が選定した図書館ではなく、いろんな旅人が持ち込んだ本を無造作に置いておく、安宿の共有スペース。そんな気楽さが町の魅力なのだと、脱コミュしてあらためて感じた。
 
 ところで、このまちなかイベントという本棚で、本当に幾つかの本に出会った。ひとつはむろん、私の作った「夏祭」。そして私はこの本を、この日に作られたあと2冊の本と、それぞれ交換したのだ。その2冊。
 ひとつは「働楽のきてみて!このはなNOTES」というもので、表紙には「NPO法人・地域活動支援センター働楽が発信する[働楽のきてみて!このはな]が、大阪屈指のカルチャーエリアこのはなについて勝手にまとめた非公式ガイドブック。」とある。地域活動支援センターとだけ聞くと、まちづくりの拠点かともとれそうだが、支援している地域活動は障害者の地域活動。同地域に住む障害者の社会参加(おもに仕事)をサポートする福祉施設である。「見っけ!このはな」には2011年から参加していて、ふれあい喫茶に始まり、アコースティックギターのライブとか、けん玉道場とか、人が集まって笑顔が出るような、祭の神賑行事の基本、みたいな企画を毎年してる。そんなところが発行した本は、分かりやすくフラットに町のことを紹介した、人に向けられた本だった。(そしてあくまで、「非公式」ガイドブック。)

 もうひとつは、余所見でおなじみの山本握微くんによる短編小説集「脚立/ゴルフ/コールスロー/虐殺を待つ私」。(正確には、イベントには参加してないので、本棚の上に乗っかっていたとでもいうべきかも知れない)
 内容は、ぜひ実物を読んでほしいので、ここでは言及しない。

 本を作るというのは、孤独な作業だ。ましてまちなかイベントの日につくってしまうと、既存の建物を拝借した展示や、土地性を利用したツアーより、依って立つものの少ない、逆境のなかの創作なのだ。
 私はふわふわとコミュニティの周縁に漂いながら、同じように漂った2冊の本に出会って、そのことはなんだかとても嬉しかった。


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