よそみ余所見

余所見は、見たり聴いたりした事と、それについて考えた事などを書くウェブサイトと紙の雑誌です。

第1号(249版)
2017年10月19日 16時40分33秒 発行

連載記事 

掲載日:2016-10-11 01:50:25

【連載記事】9月に見たもののメモ5(中島彩)

9月に見たもののメモ5 中島彩

◎9月18日
 いいイベントに遭遇しやすい人は、アンテナを張ってるとか、嗅覚が鋭いとかってよく言われるけれど、私はそんな感じじゃない。というより、視点がはっきりしだしたときは、わりとなんでもいいイベントに思える。この日は祭を見に行こうと思っていて、祭ならなんでもよかった。最終的な決め手は、文学フリマの会場と近いことで、それは当日の朝に新聞記事を見て、「お、ここなら文フリとハシゴできるやないか」と思ったからだ。そんな経緯で、文学フリマの会場である百舌鳥から、20分弱歩いたところに、百舌鳥八幡宮月見祭にやってきた。
 
 大阪の太鼓台と言えば、布団太鼓か枕太鼓。今年の夏は大阪市内で枕太鼓をよく見たけれど、堺市内では布団太鼓が主流のようだ。百舌鳥八幡宮には、氏子の町会ごとに布団太鼓を持っていて、全部で九基が伝わっている。九基ともに布団太鼓としては最大級(高さ約四メートル、重さ約三トン、担ぎ手は七・八十名)、それぞれの町ごとに競って華やかな装飾が施されている。その華やかさは繊細というより勇壮。刺繍はギラギラと、文字は太筆で力強く、房飾りはブワサッと、綱は金糸でずっしりと、何に似ているかと言えば、デコトラ(デコレーショントラック)の感じ。乗り込む台のテッペンに乗るあんちゃんたちもイカツイ野郎ばっかりだが、太鼓周りのお稚児さんたちはお化粧されて可愛らしい。
 町の人たち、祭に集う人たちも、ヤンチャそうで威勢がいい。それでいて人懐こい。案内係のおじさんからはパンフレットを8部ももらい(「持ってき、持ってき」と手渡された)、的屋のお兄さんにはライターを貸借りしながら「のど乾いたらうちで飲んできや」、ほかにも所々で声をかけられた。

 それだけでも楽しかったんだけれど、宮内での布団太鼓のお練りが始まって、興奮した。掛け声が、「べえら、べえら、べらしょっしょい」だったのだ。

べえら。ああ、べえらだ、べえら…

 といっても何のことだか、ですよね。
 「べえら」というのは、「平楽じゃ」がなまったもので、住吉大社の神輿担ぎでうまれた掛け声だそう。私は他の祭では聞いたことがなくて、今年の夏に住吉大社で初めて聞いて、それきりだった。そしてその時初めて知ったことなのだけれど、住吉の神輿担ぎは大和川を境界に、堺の町衆へとバトンタッチされている。最終的に神輿は堺の宿院まで行く。そこから百舌鳥までは距離はあるんだけれど、「べえら」っていう掛け声は、人を媒介に伝わってきたのだろう。住吉では単調な節回しで、「べえら、べえら、べえら」とかけながら担ぐのに、百舌鳥では「べらしょっしょい」となっている。
 担ぎ方も違う。住吉では担ぎ手の歩き方に目立った特徴はなかったが、百舌鳥の場合は右脚を動かすときは右斜め前、左足のときは左斜め前に摺り足で足を運ぶ。それは田植えの時の足の運びを真似ながら、さらに発展させていった感じだ。(半分は推測だけれど、パンフにも祭の起源が豊作祈願と、法生会と、満月を祝う風習の習合とある)

 それだけのことかもしれない。けれど、このところ私の中でじわじわと祭に対しての考え方が変わってきている。伝統、町の歴史、コミュニティの形成、そういう堅苦しいイメージではなくて、祭を見れば見るほど、そこには自由な創造性があるように見えてくる。言葉、特に掛け声や唄の伝わり方は、一人一人の人間を媒介にしていく。その一人一人には身体も心もある。聞く耳が違って、脳の受け取り方も違い、声の高さも調子もそれぞれ違うし、思いの込め方も違う。体格が違えば歩き方も異なり、産業が変化すればそれにあたっていた身体の使い方も変わってくる。どうしたって同じように伝えていくことは不可能で、むしろ、もっと華やかに、もっと粋にと、一瞬一瞬を積み重ねてきたのではないだろうか。百舌鳥での布団太鼓を見た時に私の胸に広がっていったのは、そうした人々の生き生きとした営みのイメージだった。

 ほんとうにこの日は祭ならなんでもよくて、ついでに見ていこうか、くらいの気持ちだった。それが予想外にもってかれている。もし朝に新聞を読まなければ、5センチ平方くらいの記事に目を留めなければ、この祭を見に来なかっただろう。その偶然はあまりにも素敵で、新聞をめくった時の感触はまだ生々しく手に残っている。





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