よそみ余所見

余所見は、見たり聴いたりした事と、それについて考えた事などを書くウェブサイトと紙の雑誌です。

第1号(249版)
2017年10月19日 16時40分33秒 発行

連載記事 

掲載日:2010-08-31 15:24:41

【連載記事】時間とコーヒー(永田芳子)

時間とコーヒー 永田芳子

先日京都のバーで飲んでいて、古い喫茶店の話が出た。その店は「クンパルシータ」という。今はもう無い。


用も終わり、どこかでお茶をと思っていたときにたまたま通りかかったので入った。後日調べた所、注文してから品が置かれるまで数時間かかる事で有名だったらしい。待っている間に時計を見るのを放棄したので定かでないが、後ろの席から電話でもしているのであろう『俺、もう1時間半待ってるんやけどー』という泣きの入った声が聞こえてきたので、まあ、例に漏れずだったのだろうと思われる。
印象深いのは、その待ち時間も確かにそうだが、コーヒーが来てからのことである。自分は猫舌なので、熱いものをそう早く飲める方でない。フーフーいいながらちみちみ頂くのが常である。なのに、その時はやたら減りが早い感じがした。カップは一般的なサイズで上げ底でもなんでもない。自分だけが早回しで動いているようなチグハグさがある。あれ?と思っている間にあっけなく空にしてしまい、わけの分からないまま勘定を済ませて外に出ればとっぷり日が暮れていた。


帰りの車中、頭クラクラしながら考えたのは時間の主導権のようなことである。まず、入店してからコーヒーが置かれるまでの間。これはクンパルシータの時間である。次のコーヒーを手にして飲み終わるまでの間。こちらは自分が身に付けた間合いで行われるので自分の時間、ついでに書くなら待ち時間を長い、と感じるのはそれまでの経験からくる判断なのでそれも自分を主軸にということだろう。外が暗くなっていたのは宇宙側の事情なのでお手上げだ。ひょっとすると、たまに音楽書などで目にする「タイム感」というのはこれの事だろうか。楽器を演奏しないので憶測だが。そういえば、店主である老婦人は、タンゴ愛好家だったそうだ。多分あの現象とはまったく関係はないが。


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