よそみ余所見

余所見は、見たり聴いたりした事と、それについて考えた事などを書くウェブサイトと紙の雑誌です。

第1号(249版)
2017年10月19日 16時40分33秒 発行

連載記事 

掲載日:2010-09-09 00:42:25

【連載記事】ひとりかくれんぼ(小田寛一郎)

ひとりかくれんぼ 小田寛一郎

先日、彼女とはなしをしていたら、「ひとりかくれんぼ」という儀式、というか、「こっくりさん」のような怖い遊び、とでもいうようなことについて教えてもらいました。ネットで都市伝説について調べていたら出てきたそうです。

まず、ぬいぐるみを用意し、中身(綿?)をすべて取り除き、替わりに米を詰めます。その中に自分の身体の一部、たとえば髪など、を入れて閉じます。次に、水を張った浴槽にぬいぐるみを沈め、近くにカッターや包丁などの刃物を置きます。浴槽に沈んだぬいぐるみに向かって「わたしが隠れて、あなたが鬼」というような(うろ覚えらしいので、詳しく知りたい方は検索してみてください)宣言をして、家のなかのどこかに隠れます。その際、塩水を口に含んで、ぜったいに飲んだり吐き出したりしてはいけないそうです。この儀式(怖い遊び?)は、ぬいぐるみとかくれんぼをする、というよりも、儀式によって霊を集めるのが目的らしく、集まってきた霊の影響がわかりやすいように、テレビやラジオをつけておくとよいとのこと。かくれんぼを終えるときは、ぬいぐるみに口に含んだ塩水を吹きかけて「かくれんぼは終わり」だか「あなたの負け」だか、そういうような(うろ覚えらしいので詳しく知りたい方は検索してみてください)宣言をして、最後にぬいぐるみを焼くそうです。ああ、忘れていました。これらの儀式は丑三つ時に行う必要があるらしいです。

彼女のはなしによると、実際にやってみたレポートなんかもネットにはあるみたいです。そういうふうに実際やってみても怖いとは思うのですが、話を聞くだけでも十分怖いといいますか、実際にやるためのものというよりもむしろ「これこれこういう儀式がある」という話をするためのものなのかなと思います。もろもろの細かい手順を聞いていて思ったのは、この儀式・遊びにどのくらいの歴史があるのか分かりませんが、「儀式としてのもっともらしさ」の改良の過程が感じられるなあということです。「ひとりかくれんぼ」という儀式・遊びの「話」が伝播する過程でそれぞれに「もっともらしい」手順が追加されていったような感じがします。たとえば、ぬいぐるみを沈めた浴槽の近くに刃物を置く、とか。こうすることで、刃物を持ったぬいぐるみが迫ってくるような怖さが生まれます。裏を返せば、刃物を置くことに、儀式としてのもっともらしさ以外の意味はないように思えます。とすると、儀式っていうものはなにかの目的のための手段というよりも、それ自体が目的なんだろな、というごく当たり前のことに思い至りました。


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