よそみ余所見

余所見は、見たり聴いたりした事と、それについて考えた事などを書くウェブサイトと紙の雑誌です。

第1号(249版)
2017年10月19日 16時40分33秒 発行

連載記事 

掲載日:2010-09-09 20:14:20

【連載記事】西條八十 著  「西條八十詩集」(永田芳子)

西條八十 著  「西條八十詩集」 永田芳子

「母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね?」で始まる「ぼくの帽子」や、近年ネットでおかしな噂になった「トミノの地獄」辺りが有名かと思われるが、今回取り上げるハルキ文庫版にはあいにくどちらも載っていない。


何かの本で「梯子」という詩が途中まで引用されていて続きを読みたくなった。その程度の興味だったので、選集という形がかえってありがたい。傾向は章によって変わるが、どのページをくっても黄金(きん)や銀、植物、獣に飾られて、書かれている風景が田舎や上野であってもどこか豪奢な印象がある。特に、詩集「砂金」のあたりはゴス趣味の人に薦めてみたいような気になる。
そうやって綺麗だなぁ、と読み進めていると後半、童謡の章で思わぬことになった。「毬と殿さま」という唄の歌詞なのだが、なぜかぐっときてしまった。内容は、どこかから飛んできた毬が行列を組んでいた殿様のかごに乗っかってしまい、そのまま一緒に紀州まで旅をして山のみかんになったげな、というものである。曲調もそこそこアップテンポで楽しげだ。正直なんでこれでぐっときてるのか分からない。しかもツボに入ったのが「金紋先箱供ぞろひ/お籠のそばには髭奴/毛槍をふりゝやつこらさのさ」というくだりである。通常ヒゲと泣きはそれが赤いか白いかの時に結びつくもんじゃないのか。おそらく髭奴はどんぐり眼ではないかと考える。ますます感動とかそういったアレとは遠ざかる。毛槍をふったからどうだ、と思う。鼻をぐしぐしいわせながら困るこちらとは関係なく、毬を膝に乗せた殿さまと従者の列は紀州へ向かう。絢爛な道具の数々と共に、遠目にはそれ自体おもちゃのように見えるだろう。


余所見